Press "Enter" to skip to content

梅棹さんに至ったのは

nana181677 0

会社の金を使って世界中を探検したり放浪したり、現地の人の中に入って生活を垣間見たりする行動がスゴク愉しく面白そうに思えてならなかった。

だから教員にならなければ新聞社で働くのも悪くはないと青臭く考えていたものだが、それだけ世の中を知らなかった証拠だろう。

梅棹さんに至ったのは本多氏から京大の今西錦司・西堀栄三郎とか維新以来の文化的な活動の中心にいた京大派の流れに非常なる羨望を持って本を貪り読んだ。
だから今西氏を頂点に京大出身の学者連中の山岳記や探検記などは相当読んだが、これらは当時中央公論社から文庫が出ていて貧乏学生でも月に数冊は買える有難い情報源だったと記憶する。

本書の筆者、梅棹忠夫さんの自伝のような本書は日本経済新聞の「私の履歴書」に大幅に加筆したものであるが、この想像を絶するほどのバイタリティーと言うか行為の数々。
本書中にもある通り、その多くの妄想が行為に移っていくのだがスゴイ。
この一言に尽きる。
世間的には国立民族博物館の館長として長年勤めたが、館長時代に失明した後も旺盛なその行動は生涯続いた。